はじめに
テレビ東京ドラマ「リーガルビート-逆転の法廷-」第3話を視聴しました。
第1話、第2話と見てきましたが、今回も吃音のある子どもを育てる親として、印象に残る場面がいくつもありました。
特に共感したのが、
「注目を浴びると話しづらくなる」
という吃音の描写です。
さらに今回は、吃音だけではなく、主人公が担当する依頼人の言葉や、その人の隠された優しさにも胸を打たれました。
そして、第3話まで見て感じるのが、鈴鹿央士さんの演技が回を重ねるごとに、ますます自然になっていること。
ドラマそのもののストーリーにも、どんどん引き込まれるようになってきました。
※この記事は第3話の感想です。ストーリーの詳しいあらすじは紹介せず、印象に残った場面を中心に書いています。
電話でうまく話せないシーンから始まった第3話
第3話は、冒頭から電話でうまく話せない主人公の姿が描かれていました。
電話は相手の表情が見えず、「すぐに返事をしなければ」とプレッシャーを感じる人もいます。
吃音のある人にとって、電話で話すことに難しさを感じる場合があります。
ドラマの最初から、こうした日常の何気ない場面が描かれていたことが印象に残りました。
吃音というと、人前で発表するときなどの分かりやすい場面を想像する人もいるかもしれません。
でも実際の生活では、電話や注文、ちょっとした受け答えなど、日常のさまざまな場面に「話すこと」があります。
第1話のコンビニでの注文シーンにも通じるものを感じました。

「注目されると話しづらくなる」に共感した
今回、吃音の描写で特に共感したのが、
周囲から注目されることで、さらに話しづらくなってしまう場面です。
「ちゃんと話さなきゃ」
「みんなが待っている」
「早く言わなきゃ」
そんなふうに「早く話さなきゃ」と意識することで、かえって言葉が出にくくなることもあります。
息子を見ていても、普段は比較的スムーズに話していても、緊張したり注目されたりする場面では、言葉が出にくくなることがあります。
だから、この場面はとても共感しました。
吃音は、いつでも同じように現れるわけではありません。
場面や相手、その日の状態によって、話しやすさが変わることもあります。
「さっきは話せていたのに、どうして今は話せないの?」
ではなく、
「今は言葉が出にくいんだな」
と受け止めてもらえるだけでも、本人の安心感は違うのではないかと思います。
裁判中に星弁護士へ代わってもらう姿も印象的だった
第3話では、裁判中に主人公がうまく話せなくなり、稲垣吾郎さん演じる星弁護士に代わってもらう場面もありました。
私は、この場面も印象に残りました。
吃音があるからといって、何もかも一人で乗り越えなければならないわけではありません。
言葉が出にくいときには、誰かに助けてもらう。
そして、話せるときには自分で伝える。
「できないことを全部克服してから活躍する」のではなく、周囲の力も借りながら仕事をしていく。
「助けてもらう=できない」ではなく、必要なときに助けを借りることも、その人らしく働くための一つの方法なのかもしれません。
そんな主人公の姿が描かれているところも、このドラマの好きなところです。
第1話から見ていると、星弁護士との関係にも少しずつ変化が感じられます。
ただ助けてもらうだけではなく、それぞれの得意なところで補い合っているように見えるのも印象的でした。
「こんなくだらない裁判で必死になることはない」がなぜか胸に刺さった
吃音とは別に、今回なぜか強く胸に残った言葉があります。
主人公が担当する清川が口にした、
「こんなくだらない裁判で必死になることはない」という趣旨の言葉です。
うまく説明できないのですが、この言葉がなぜか胸に刺さりました。
自分の裁判なのに「くだらない」と言ってしまう。
自分のことなんて、もうどうなってもいい。
そんなふうに、自分自身を投げ出しているようにも聞こえました。
でも同時に私は、自分のために必死になっている泰地を気遣っている言葉のようにも感じました。
「自分なんかのために、そこまで必死にならなくていい。」
そんな思いが、この一言の奥に隠れているように感じたのです。
物語が進むにつれて見えてきた、清川の隠された優しさ。
それを知ってから振り返ると、この言葉の聞こえ方も少し変わりました。
表面だけを見ると分からない。
口にした言葉だけでも、その人の本当の気持ちは分からない。
その言葉の奥に、どんな思いが隠れているのか。
第3話を見ながら、そんなことを考えました。
清川の隠された優しさに胸を打たれた
物語が進むにつれて見えてきた清川の人柄にも、胸を打たれました。
最初に受けた印象と、物語が進んでから見えてくる姿が大きく違いました。
自分の気持ちをすべて言葉にする人ではない。
むしろ、不器用で分かりにくい。
それでも、その行動の奥には優しさがある。
そんな清川の姿に胸を打たれました。
今回の「リーガルビート」を見ながら、
人は、表面に見えている部分だけでは分からない。
ということを改めて感じました。
これは、吃音にも少し通じるものがあるのかもしれません。
うまく話せないからといって、伝えたいことがないわけではない。
言葉が少ないからといって、何も考えていないわけでもない。
目に見える「話し方」だけでは、その人の心までは分からない。
第3話は、そんなことまで考えさせられる回でした。
鈴鹿央士さんの演技と親しみやすさが泰地空に合っている
第3話まで見てきて、改めて感じたのが、鈴鹿央士さんが主人公・泰地空という役にとても合っていることです。
もちろん、背も高くて顔立ちも整っていて、かっこいい俳優さんです。
でも同時に、どこか身近にいそうな、親しみやすく自然な雰囲気も持っているように感じます。
私は、その飾らない親しみやすさも、鈴鹿央士さんの大きな魅力なのではないかと思いました。
だからこそ、泰地が電話で言葉に詰まったり、人から注目されて話しづらくなったりする姿を見ていても、
「ドラマの中の特別な人」
という感じがあまりしません。
吃音のある人は、私たちの身近なところにもいる。
そんな当たり前のことを、自然に感じさせてくれるキャスティングだと思います。
そして、第1話、第2話、第3話と見てきて感じるのが、鈴鹿央士さんの吃音の演技が、回を重ねるごとにますます自然になっていることです。
単に言葉を繰り返したり、詰まったりするだけではありません。
言葉が出そうで出ない「間」。
話そうとするときの表情。
そして、言葉が出たあとの様子。
そうした細かな部分まで、とても丁寧に演じられているように感じました。
吃音のある息子を日頃から見ているからこそ、
「こういう感じ、あるな」
と思う場面があります。
第3話では、吃音だけが前面に出るのではなく、吃音も泰地空という一人の青年を形づくる一つの特徴として、物語の中に自然に存在しているように感じました。
吃音を必要以上に特別なものとして描くのではなく、まず一人の青年として泰地を見ることができる。
鈴鹿央士さんの親しみやすい雰囲気と自然な演技があるからこそ、そんな主人公になっているのかもしれません。
第3話まで見てきて、改めて「鈴鹿央士さんが泰地空役で良かったな」と感じています。
ストーリーもどんどん面白くなってきた
そして第3話まで見て、もう一つ感じていることがあります。
ドラマそのものが、どんどん面白くなっています。
最初は「吃音の主人公が登場するドラマ」ということで見始めました。
もちろん今でも、当事者家族として吃音がどのように描かれるのかには注目しています。
でも、それだけではなくなってきました。
登場人物それぞれの背景や、依頼人が抱えている事情、少しずつ明らかになっていく真実。
純粋にリーガルドラマとして、続きが気になるようになっています。
放送・配信情報
放送開始
2026年7月24日(金)
毎週金曜 夜9時~
放送局
テレビ東京系列
配信
- Prime Video(見放題独占配信)
- TVer(見逃し配信)
- ネットもテレ東
- Lemino
第1話・第2話の感想はこちら
【リーガルビート第1話感想】吃音の子どもを育てる親が涙したシーン|コンビニで言えなかった一言
【リーガルビート第2話感想】吃音のある人の「心」に涙…言いやすい言葉を選ぶ苦しさがリアルだった
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まとめ|第3話は「話し方だけでは人の心は分からない」と感じた回
第3話では、
電話でうまく話せないこと。
注目されると、さらに話しづらくなること。
一人では難しいときに、誰かの力を借りること。
今回も、吃音のある子どもを育てる親として共感する場面がいくつもありました。
一方で、清川の言葉や隠された優しさにも胸を打たれました。
第3話を見終わって私の中に一番残ったのは、
「目に見えている部分だけでは、その人の心は分からない」
ということだったように思います。
うまく話せなくても、伝えたいことはある。
自分を投げ出すような言葉の奥にも、誰かを気遣う優しさが隠れていることがある。
相手の表面的な言葉や行動だけで判断せず、その奥にある思いまで見ようとする。
そんなところも「リーガルビート」の魅力なのかもしれません。
そして第3話まで見て、吃音の描写だけではなく、純粋に一つのリーガルドラマとして続きが楽しみになってきました。
鈴鹿央士さんの演技も回を重ねるごとにますます自然になり、泰地空という人物にどんどん引き込まれています。
第4話も楽しみです。
第4話も、吃音のある子どもを育てる親の視点から、感じたことを率直に書いていきたいと思います。